西 徹 (にし とおる)
医療法人桜十字
桜十字病院 院長補佐
取材当時は、社会福祉法人済生会熊本病院副院長
脳卒中センター 脳神経外科部長
教育・研究部長
熊本大学・徳島大学臨床教授
靍 知光(つる ともみつ)
教えて!「かくれ脱水」委員会 委員
雪の聖母会聖マリア病院 臨床・教育・研究本部長
その①災害時の病院では、何が起こっているのか?
靍 知光(以下、靍):本当にこの度は大変なご苦労をされましたね。前震そして本震が震度7、余震は二千回を超えるという・・・。まず、地震発生で、水道、ガス、電気などのライフライン、それに物流までが止まるという状況のなかで、何が病院で起こりましたか?
西 徹(以下、西):今回感じたのは、改めて病院機能に絶対に必要なのは強いインフラであるということ。またライフラインの補完設備と物資の補給、人の管理について、病院自体が普段から対応を考えておくことが大切であるということです。まずインフラですが、水の確保が第一。当院の場合は普段、水道と自前の井戸から、受水槽と高架水槽とで253トンの水を貯蔵しています。井戸水は、給食には使えないのですが、透析、トイレ、生活用水に使えるのです。しかし、今回、震災が起こると、すぐに水道が止まり、井戸水のふたつある受水槽のひとつはダメになり、もうひとつのも亀裂が入り、最悪時は90トンの井戸水の受水槽のみになりました。しかも、その受水槽にもひびが入って・・・。
靍:次から次へと、やはり予期せぬことが起こったのですね。
西:さらに揺れて、このヒビがピーッとなったらもううちはアウトだと。このときが一番危機的でした。やっぱり水がないと病院は何もできないので。
靍:震災時は、まさに病院も脱水になる?
西:その通りです。ただ、いくらか残っている水も電気がこないと水が高架水槽に上がらないから使えない。だから、この水を運ぶラインのどこが壊れても駄目なんです。今回痛感したのは、水の補給源として少なくとも二通りあって、それぞれを支えるタンク、配管、電気設備などのインフラが強くないと病院は水を失うことになるということですね。幸い、電気に関しては2時間の停電ですみました。その間は、非常用電源で対応しました。うちは非常用電源を2系統持っていて、重油で3日間動かす設備とガスでつくる設備があります。十分なようですが、もし、停電が長く継続して、ガスも来ない、重油も3日間補給が無い、となると電気を失い、同時に水も失うことになります。今回は、ガスが本震のその日には再開をしていましたのでなんとかなった。滅菌とかに対応できたんです。
靍:人についてはいかがですか?
西:済生会熊本病院は、全スタッフが震度5弱で自主参集と決めていました。身の安全を確保して、来られる人は来てくださいということ。当院は国際的な医療機能評価であるJoint Commission International(JCI)の認証を受けていますが、その中でも施設全体の災害への対応やBusiness Continuing Planの策定など厳しく求められます。その一貫として毎年数百人が参加する本格的な災害訓練もやっていますが、やっぱり今回は最初、混乱がありました。あるべきものが出てこないとかいうようなこともあったようです。
靍:未曾有の揺れでしたし、状況がどんどん変わるのですからね。
西:病院の場合、災害で増える仕事はいっぱいあって、それがどんな状況であっても患者さんを受け入れなければいけないわけです。ただ、そのときの状況に応じてできることとできないことがあるのですが、それは乗り越えて、できるだけ救急患者さん達を受け入れることにし、同時にがん患者など生命にかかわる外来患者さん達の治療もできる限り早期に再開しました。結局、外来日は1日も休みませんでした。重症救急患者さんについて言えば、今回ヘリの広域搬送がかなり有効に働いたと思います。救急外来受診者は最も多い日には1日で100台の救急車と200人以上を受け入れました。本震の日です。震源地の益城町に近い病院では500人ぐらい来ていたところもあるようです。
靍:それはすごい・・。
西:その後ずっと救急外来の受診者は、震災前よりも多い状態が続いています。集まって来た人を、一次トリアージ、二次トリアージとか都度配置して、新しいタスクが生じたらまた再配置をしてという、その繰り返し。とにかく受け入れる体制を取って、できる限り受け入れる。あとはこの病院が当初は避難所にもなりましたし、うちからDMAT(災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム)を出したりしました。
靍:スタッフは休み無しですね。
西:当初はこれからどうやってみんなで手分けをして、有効に働くかいうようなことをやりました。オンコールの医師も21時までは院内待機とか、初期研修医もこのときばかりは自主的にシフトを組んで休み無しに働いていました。頼もしかったですね。でも、スタッフにも休憩も取らせないといけないでしょう。今トリアージをしている医者が手術に入ったら、そこを誰が埋めるのかとか、これがやっぱり本部機能として人の管理というものがものすごく重要です。
靍:自治体の避難所に対しては、何かおこなわれましたか?
西:付近の小中学校の避難所に、当院の予防医療センターのスタッフ(医師、保健師、看護師)および、インフェクションコントロール(感染管理)のナース・技師が定期的に巡回しました。専門的な目で避難所を見せてもらってアドバイスをさせていただこうということです。僕も研修医を連れていってエコノミークラス症候群の予防の話をさせてもらったりとかしました。駐車場の車の中も覗いて回りました。当院近くの避難所は、ものすごく自治体の人たちがしっかりとしていて、トイレとかもきれいな状況でしたが、グラウンドは夜になると車でいっぱい・・・。
また、済生会グループからうちの病院の支援に来てくれた看護師さんに周りの病院に手伝いに行ってもらったり、うちに集まったものを周りの病院に配ったりもしました。これはなぜなのか、というと、結局うちがある程度機能が回りだしても、うちだけだと限界があり、患者さんがここに詰まっちゃうと駄目。地域で復興をし、地域に医療機能が戻っていかないと難しいのです。連休中は、ほんとに患者さんが動かなくてベッドが足りなくなるんじゃないかと思って心配をしたんですけど、周りの病院が結構転院を受けてくれて助かりました。
靍:少しずつ地域の連携も動き出したということですね。
西:そうです。普通連休中に転院調整とかはできない。このように地域連携が強いことが熊本の特徴かと思います。
靍:災害時は病院のスタッフ自体も被災者ですよね。
西:そうです。そこがやっぱり大変。子どもを連れて避難してきてそのまま忙しく働くナースもいましたし。でも、病院に限らなくて、たとえば自治体の職員も、自分も被災者なのに人のことをしなければいけない、プロですからね。
靍:今回の体験でとくに学ばれたことはありますか。
西:勉強したのは、地域全体で強くならなければいけないということと、必要な情報はタイムリーに出せば助けてもらえるし、何らかの役にも立つと思いました。それと、ほんとに壊れちゃいけない例えば水の貯水槽とかを、免震にしておかないと駄目なんじゃないかと思います。あとは、もう人の教育・訓練ですね、勝負は。いかに本部が早く立ち上がってうまく機能するかということだと痛感しています。
その② エコノミークラス症候群だけじゃない。災害時は脱水リスクが増えるという事実
西:熊本地震の特徴は、津波とかは来なかったので家は壊れても車が大丈夫な人が多かったということ。それと震度7が2回来たせいで、たとえ家が建っていても次の余震が不安で家には入れないという人が多かった。
靍:恐怖感ですね。それもあって車中泊をする。ストレスは想像を絶するものがありますよね?
西:新潟中越地震などと比べて、車中泊になった人の数が圧倒的に多かったと思うんです。
靍:熊本って一家の人数分、クルマを持っているでしょう。
西:結構バスとか電車とかはあるんですけど、クルマがないと生活が。
靍:結局、クルマが便利という感じで、おまけに軽自動車が多い。それが一斉に避難所に並ぶから。
西:ほんとに各小中学校のグラウンドは、車中泊でもう他のクルマが入れないくらいでした。
西:その結果が、肺塞栓(エコノミークラス症候群)。4月16日に本震があって、その場はたくさんの人が車中泊になって、17日の朝動き出した途端に肺塞栓という人がすごく多かったのです。避難所にいなくとも、夜に子どもが家にいられないという人が結構いる。それで車中泊がものすごく多くなって。今回、急きょ調べて分かったんですけど、うちの救急外来を受診して「脱水症」という診断が付いた人の数です(表3)入院にはならないんですけど、脱水症で症状が悪くなってきている人。多いときは通常の5倍くらいになった。脱水患者がものすごく多くなるということですね。
靍:熊本に限らないと思うけど、災害時に水道が止まれば、生活用水が不足するでしょう。だからあえて水分を控えめにする人もいるし、気が動転しているから水分補給にまで気が回らない人も多い。災害時は皆が脱水気味なんだと考えていい。もちろん、これは大きなストレスでもあります。ちょっとしたストレスで血栓はできやすくなるわけですから。肺塞栓の要因のひとつでしょう。
西:やっぱり不安感の中で生活をするとすごくストレスが大きいですよね。ストレスというのはカラダにとっては全部悪いほうに働くので。最初17日の朝に続けてきた人は、わりと重症で典型的だったんです、呼吸困難。
靍:いきなり呼吸困難。まさにキラーストレスですよね。
西:動き始めて呼吸困難ということで、当然肺塞栓を疑うような症状が。すごくニュースとかになった後は、不安感が強くてちょっと脚が腫れているんだけどというような人が結構多くなったのです。
靍:なるほど。あの時は、ものすごい勢いでメディアがエコノミークラス症候群を扱ってくれましたからね。
西:メディアを通じてリスクや予防法を報道してもらって。外来に来る人に車中泊をしましたかと聞くと、ほとんどの人が長い短いはありますけど経験している。エコノミークラス症候群は知っていますかと言うと、ほぼ全員が知っていました。だから今回マスコミを通じての大々的な啓発はかなりの効果があったのじゃないかと思います。
靍:それは、もう明らかですね。ただ、どうしてもああいうときメディアは、クルマの中での生活から、とにかく「運動、運動」という。軽い運動をすればいいというのがものすごく浸透したけれど、水分補給つまり脱水が隠れていることに関してはそれほど広まらなかった。運動と水分摂取。どちらも大事ですよね。
西:そうです。もうひとつ脱水状態になりやすいのは、避難所でのトイレ問題があります。やっぱりみんなトイレに行きたくない。気も使いますし。そうすると水分摂取が減って脱水というのは、ほんとにどこでも誰にでも起きる。
靍:なるべくトイレに行かないように、なるべく水分を摂らないようにするというのは、そこに大きな矛盾が既に生じているんです。こういう状態になったら基本的に全体が脱水に傾いている。このように、災害時は脱水が増えるというのは事前に認識をしていましたか。
西:僕は恥ずかしながら今回思い知ったことです。
靍:誰も経験しないからですね。災害時は基本的に脱水が増えるということを世の中の人は知らないということですね。だから僕は思ったんだけど、高齢者ならおむつをはかせてもやっぱり水分を。高齢者はいろいろと持病があるし、もともといろんな体調の悪い方がますます体調を崩しているわけだから。
その③ 被災地における感染症も水不足から。まず、お風呂に水を溜めること
靍:身体が少し不自由な高齢者だと、簡易トイレは上がるのも大変だったみたいですね。
西:簡易トイレは段差がありますしね。それに最初、簡易トイレは足らなかったんです。避難所の運営というのは、市町村になるのですが、熊本市は結構大きな街でしょう。熊本市だけでものすごい数の避難所があるので、それぞれに簡易トイレの配置をするとなると結構間に合わないところがあった。
靍:確かはじめは250カ所でしたよね。それも指定された避難所ならいいけど、三々五々集まった避難所もある。なかなかそういうところまではいきわたらない。
西:簡易トイレ以外の避難所のトイレがあったとしても、断水があってトイレも流れないとなると、もうトイレに行けないですよね。それでもう水もないわけでしょう。水をもらうために何時間も並ばなければいけないので。水がないと、トイレが最たるものですけど、環境がものすごい勢いで汚れていく。
靍:西先生の病院は、何とか水を確保することができていたからいいのですが、トイレだけでなく、やっぱり避難所とか手洗いがまずできないですよね。流水による手洗いというのがなかなか。ああいうのが胃腸炎とかが流行る一つの要因になりますね。
西:そうですね。
靍:エコノミークラス症候群も話題になったけれど、その次に阿蘇なんかではノロウイルス胃腸炎が流行っていました。熊本市内ではどうだったのでしょう。
西:この近くではあまりなかったです。さっき申し上げたように、この近くの避難所は、ものすごく自治体の人が頑張ってきれいに管理をしているというのもあったのだと思います。
靍:人手が足りているところ、十分にいきわたっているところというのに地域差があったのかもしれない。避難所の清潔度を保つということができない地域に感染症が起きてしまったということでしょうか。入るほうの水も大事だけど、やっぱり排泄の管理ってものすごく重要です。
西:そうですね。
靍:西先生が以前、何かのおりに、何か起こったらすぐにお風呂に水を満杯にしろといわれていました。あれはなかなか分かっているようで結構みんな知らない。「なるほど」と思いました。
西:僕、今回の本震のときにやったんです。揺れが来た途端電気が消えて、だけど走って階下へいってまずは犬を抱いて、それから風呂の蛇口をひねったら、もう既にちょろちょろだったんだけど何とか出たんです、水が出た。水道が止まっても、水はしばらく出るんです。
靍:それ重要。
西:だから、とにかく溜めたんです。そうしたら、ほんとに出なくなるまでに風呂8分目まで溜まった。だから、うちはそれでトイレの水は困りませんでした。
靍:何日間かそれでいける。
西:そう、上澄みをすくって足を洗ったりとか。
靍:お手洗いの水も今はほとんど水洗なわけだから、流せない状態だとトイレをがまんしてしまうことはありますよね。女性なんかはとくに、それが怖い。
西:怖いですね。
靍:流せるだけで、カラダは随分楽ですよね。
西:全然違いますね。
その④ 3日を目処に考えよう、そして災害時の備えとしての経口補水液
西:やっぱり今回感じたのは、最初の3日は自力でいかなきゃいけないんです。それは病院もだけど、個人もそうだと思います。3日あれば流通が回復し補給も少しずつ届くようになる。そこの3日を自力でどうやって乗り切れるのかというところが一番のポイントだと思います。
靍:3日ね。
西:その3日分の必要な蓄えというのは、やっぱりいろんなレベルで。施設レベルでもそうだし、個人レベルでも持っておくことです。
靍:最初はエコノミークラス症候群を心配していて、その次は感染症もどうかと心配をして、しまいには季節的に暑くなって熱中症まで、もう三重苦ですよね。災害のときは、どんどんとこういうふうに、やっぱり全部それが脱水に関係してくる。脱水の対処として使う経口補水液も重要ですね、今回は相当活用されたと聞きます。実際に現場としてはどんな感じで使われたのですか。
西:今回は、多くの経口補水液を寄付していただいたり、病院としても入手しました。脱水対策ということではなく、入院の患者さんとかに食事のときに付けたりして、治療を補うためです。でも、しばらくすると、スタッフにも何本ずつと分けて、最後のほうは家に持って帰りたい人は何本ずつぐらいまで持って帰ってもいいですと、いわばスタッフの体調管理に使わせてもらいました。
靍:働き通しですからスタッフもバテてきますよね。スタッフも脱水ぎみだったでしょう。ずっと話を伺ってきて、まだまだ避難をしている人もいるし、最近は5月なのに暑いじゃないですか。今度は熱中症の心配まで出てきた。
西:今日も30度(対談日は夏日)を超えていますね。加えて、確かに先ほど申し上げたように疲れが蔓延しているので、やっぱり。
靍:疲れと精神的なストレスですね。先ほども話題になりましたが、ストレスほど悪い影響を与えるものはない、ストレスだけで血液はドロドロになりますから。
靍:さっき西先生が最初の3日にいかに自分でどうするのかが大切といわれました。個人でも、そのための知恵と準備を日ごろからと。
西:家族が何人だったら経口補水液は何本と。
靍:実際に全体として水は貴重だという考えがありますから、やっぱり水分摂取が少なくなります。このような災害時では、みんなが緊張しまくっているときは、水分として経口補水液を摂ったほうがいいぐらいの気持ちでいたほうがいいのではなかろうかと・・・。
西:今度の経験でこれは必須だと考えています。水をもらってきたらそれは生活用水に使ってしまって、飲むということにいかないかもしれないので。それが経口補水液だったら飲みますから。
靍:他に回せないから。そういう面ではああいう製品のほうが分かりやすくていいのかもしれないですね。
靍:経口補水液に関しては、日ごろから家族分×3日分、つまり4本×家族分ぐらいを備蓄しておいたほうがいい。それは点滴4本を1人分として持っておくようなものですから。
西:それに食べもの。それも3日分自力で水なし火なしで食べられるものがあれば心の余裕はあります。やっぱり食べるものがないというとものすごく気持ち的に。
靍:それはまた余計にストレスになりますね。
西:それこそ固形の栄養食品でもあれば。やっぱり水がないと駄目、火がないと駄目というのはかなり制限が掛かることなので。それもやっぱり3日分あればいいです。だから、その習慣をつくって欲しいと思います。
靍:3日分あったら、何とか生き延びられる。災害時の備えとして防災キットもありますが、それに加えて、これからは3日間を安全に生き抜けるための備えをパッケージとして考える。それらが、地震でいろいろな家具が倒れても取り出せるところに置いてあるといいですね。
(資料提供:社会福祉法人済生会熊本病院「熊本地震への対応とこれからの課題」より)
※出展:『かくれ脱水ジャーナル・第19回』より