【経口補水液】
被災者に対する支援活動での活用例
JA神奈川県厚生連 伊勢原協同病院 摂食機能療法室
NPO法人口から食べる幸せを守る会 理事長
小山珠美
取材当時は東名厚木病院 摂食嚥下療法部 課長
取材:河野久美子(あさま童風社)
※出典:『大塚薬報』2012年3月号(673号)より
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小山珠美看護師は、神奈川リハビリテーション病院などで摂食・嚥下障害のある患者の看護に長年携わり、2006 年からは摂食・嚥下の専従看護師として東名厚木病院に赴任。摂食・嚥下チームを立ち上げ、多職種と連携しながら摂食・嚥下リハビリテーションを実践している。教育にも力を入れ、厚木看護専門学校の専任教員、愛知県看護協会の摂食・嚥下障害看護認定看護師教育課程主任教員などを歴任したほか、全国の研修会などで経口摂取をサポートできる人材育成や啓発活動を行っている。
今回は、小山看護師に、東日本大震災の被災地でボランティアとして実務活動をされた時の「経口補水液(ORS = Oral Rehydration Solution)」の活用事例についてうかがった。
支援チームの活動内容
—— 活動のきっかけは?
現地から大変な状況を知らせるメールが入ってきたのがきっかけです。「地震発生から 3 週間もたっているのに、避難所でのお年寄りは、1 日 2 食しか配給されない菓子パンや食パンを冷たい水に浸して食べています……この寒いのに水ですよ!」。そのメールを見て、かわいそうにという気持ちを通り越して、想像を絶する口腔や嚥下の問題が発生している……。なんとか支援の手を差し伸べなくてはという切実な思いが湧きあがってきました。摂食・嚥下障害があるすべての人に、その人の状態に合わせて、口腔環境を守り、必要な栄養、適切な食事などが行き届くようにすることが私たちの任務だと思っています。しかし、通常でも摂食・嚥下障害がある人の障害の程度を適切に評価して、安全な食事環境やQOL を守ることはそう簡単ではありません。
被災地では、多くの施設が津波に流され、残った施設では収容人数がキャパシティーを超えて混乱している状況でした。災害によってさまざまなダメージを受け、物資が足りず栄養補助食品なども無い、介助者が足りないなど大変な状況下で、摂食・嚥下障害のある方々がいったいどのような食事をとっているのか、とても心配になりました。義歯が合わなくなった、義歯が流されてしまったという話も聞きました。
震災前までは嚥下機能に合った食事を経口摂取できていても、菓子パンとペットボトルの水では対応するのが困難な人が数多く出ていると容易に想像できました。十分な水分や食事をとれないことから、脱水や低栄養となるおそれがあり、環境の悪化や抵抗力の低下から誤嚥性肺炎などの感染症を引き起こすことが心配でした。そのため、4 月初めに石巻で支援活動と視察を行い、摂食・嚥下障害のある人に必要な物資を送らなければと思いました。そこで、日本摂食・嚥下リハビリテーション学会の委員会有志(藤島一郎先生代表)で「東日本大震災摂食・嚥下障害支援チーム」を立ち上げ、活動を開始しました(表参照)。
—— 支援活動の内容は?
まず、情報収集から始めました。研修会などでつながりのあった宮城県や岩手県の言語聴覚士会、栄養士会、看護協会などの団体や、メンバーの知り合いに連絡をとり、どこでどういう物資が不足しているのか情報を集めました。またその一方で、嚥下関連商品のメーカーにも連絡を取り、支援物資の提供を依頼しました。チームの事務局では、情報の整理や物品の管理、メールの管理などを行うことも必要で、すべて記録に残るように努力しましたが、かなり煩雑で手間のかかる作業でした。当初は、さまざまな物資が不足していました。例えば、口腔ケア用品、義歯用品、増粘剤、嚥下食、ゼリータイプの ORS、栄養補助食品、栄養補給ゼリー、栄養ドリンクなどの依頼がありました。時間の経過とともに必要とされる物資は変化し、口腔ケア用品では義歯洗浄剤、スポンジブラシや保湿ジェルなどが増え、より口腔衛生への関心が高まったことがうかがわれました。6 月ごろからは気温が上昇するとともに、脱水が懸念されることもあり、ORS の要望が増えてきました。10 月に訪問したときは、介助用のスプーンやカットアウトテーブルなどのニーズが出てきました。
被災地で見たこと
—— 被災地には個人で入られたのですね?
石巻には 4 月に、気仙沼には 5 月、7 月、10 月、11 月にそれぞれ 3 日ずつ活動しました。初めは、看護師のボランティアグループ「キャンナス」の一員として行きました。4 月に訪問したとき、初日は避難所の床やトイレを掃除しました。翌日は避難所を 7 カ所ほど回って、自分の目で現地の状況を見ました。しかし、病院や福祉施設がどうなっているか、要介護高齢者が今どのような状況にあるかなどの情報は得られませんでした。
—— 口腔ケアの工夫もなさったそうですね?
水が十分に無いときの口腔ケアに関して、どうすればよいかは課題の一つだと思っていましたので、どのくらいの水があれば歯ブラシで磨けるのか、事前に調べました。自分でも試してみましたし、周囲の人にも試してもらい、ペットボトルのキャップ 2 杯ほどの水で歯磨きができることがわかりました。歯ブラシに何も付けないと“すっきり感”がないので、歯ブラシにほんの少し歯磨き剤を付けて磨いていると、その刺激で唾液が出てきます。その唾液を利用して汚れをまとめ、ティッシュに出したあとキャップ 1 杯の水でうがいをします。舌で歯茎などをマッサージしたり、口の周囲の筋肉を動かし、もう 1 杯の水で仕上げをするだけですっきり感が増しました。また、義歯の場合は、食事で付いた汚れをまず歯ブラシで落として濡れティッシュで拭き、ポリ袋にほんの少しの水を入れて、そこにつけておくだけでも乾燥を防ぐことができます。これらの方法はポスターにして、石巻、気仙沼の関係者に活用していただくようにしました。
—— ORS は活用されていましたか?
脱水は嚥下障害を増悪させる要因にもなるため、食事や水分の提供が十分とはいえない状況では、脱水を起こさせないことは非常に大切です。脱水予防や、軽度から中等度の脱水には ORS を活用すれば効果的に補正できることは知られてきていると思いますが、当初、ボトル入りの ORS を大量に持参することは難しかったので、水に、塩、砂糖、レモンの搾り汁などを使った ORS の作り方をパンフレットにしたものを事前に準備し、啓発することからはじめました。
ゼリータイプの ORS の使用例(咀嚼、食塊形成、嚥下を評価し、形態のステップアップへ)
5 月には、「 JRS(気仙沼巡回療養支援隊)」という、全国から集まった在宅医療を支援するボランティアグループに参加し、気仙沼市立病院で口腔ケアや、摂食・嚥下に困難がある人の評価、食事介助方法をアドバイスさせてもらいました。
気温が上昇しはじめた 6 月には、あるグループホームから、流されてしまった施設を新しく運営していくにあたって余裕がなく、入所者の脱水を予防するために、ゼリータイプの ORS を支援してほしいという依頼がありました。嚥下機能の低下した高齢者の場合、さらさらしている液体ではむせたり、誤嚥のリスクを伴うことがありますが、ゼリータイプならより摂取しやすくなります。7 月に行ったときは、暑い時季で、特に脱水や熱中症が懸念されたので、複数の福祉施設に支援物資の ORS を持参し、脱水対策に活用していただきました。
—— 活動の中で印象深かったことは?
ある女性の例です。津波で流されてがれきの中に埋まっているところを自衛隊に発見され、ヘリで東北大学病院に運ばれました。心肺停止状態でしたが助かって、1 カ月後ぐらいにペースト食を少し食べられるようになったそうです。2 カ月ほどして、気仙沼の急性期病院に搬送されてきましたが、義歯が合わなくなっており、無歯顎状態でペースト食を食べていました。食事のステップアップを行いたいが、対応方法がわからないということで、対応しました。次の食事形態は刻み食ということでしたので、安全に経口摂取が可能か評価をすることになりました。評価時に刻み食を提供してもらうことができなかったため、携行していたゼリータイプの ORS と職員提供のクラッカーを活用しました。砕いたクラッカーと、ゼリータイプの ORS を混ぜて食べていただき、咀嚼、食塊形成、嚥下などを評価しました。その結果、上手に咀嚼や嚥下ができ、“おいしかった”と喜んでくださいました。それで刻み食が大丈夫ということになったのです。ゼリータイプは、嚥下機能の低下した方の水分補給のほか、飲み込みやすい物性ですので、刻み食品をコーディングしたり、交互嚥下にも活用できます。また、胃瘻を造設し、非経口栄養のみだった人に嚥下評価や訓練を行うことで経口摂取を開始できた事例もあり、当事者、関係者で喜び合いました。
気仙沼の医療・福祉関係者の、「震災前よりもっと良い医療、もっと質の高い福祉を提供して、地域を復活させ、QOL の向上を図りたい」というチャレンジ精神を感じ、素晴らしい仲間との出会いに私自身も力づけられています。